花巻市西部にある14湯を総称して「花巻温泉郷」というが、このうち豊沢川沿いに位置する8湯は「花巻南温泉峡」と呼ばれている。温泉郷ではなく「温泉峡」と呼ばれているのは豊沢川の峡谷にあるためで、のどかな農村部の松倉温泉からはじまり、志度平温泉、渡り温泉、大沢温泉、山の神温泉、高倉山温泉、鉛温泉、新鉛温泉と豊沢川の上流に進むにつれ、だんだんと山の景色へと変わっていく。

藤三旅館(岩手県花巻市)藤三旅館(岩手県花巻市)藤三旅館(岩手県花巻市)

温泉峡のうち志度平温泉以外は一軒宿の温泉場で、鉛温泉にいたっては湯治部を併設する昔ながらの旅館である。花巻市街地より車で約30分、県道に立つ看板が目印だ。豊沢川の流れを背後にして左手に木造3階建の旅館が、右手に3階建の湯治部(自炊棟)が建っている。どちらから入館しても良さそうだが、クラシカルな雰囲気に引き寄せられ、おのずと旅館の玄関をくぐる。

藤三旅館(岩手県花巻市)浴室は全部で5つあるが、旅館側にある「銀(しろがね)の湯」は貸切利用、そして半露天風呂の「白糸の湯」は16:00から利用開始だという。といったわけで残りの3つを利用させてもらったが、藤三旅館の目玉は何といっても「白猿の湯」である。基本は混浴だが、1日に3回だけ女性専用の時間帯が設けられている。入口の引き戸を開けると、階段を降りる構造となっており、大きな小判型の湯船が1つ。湯船は天然の岩をくりぬいており、その深さは約125cm。しかも無色透明の源泉は、湯船の底からあふれるほどに湧き出している。立ったまま入浴するという珍しさ、贅沢なほどの湯量、そして3階までつづく吹き抜けの開放感。きっと印象に残ることだろう。(写真はパンフレットより)

藤三旅館(岩手県花巻市)やがて女性専用の時間となってしまったので、つづいて「桂の湯」へ。内湯のほかに、豊沢川に突き出た格好で設けられた露天風呂は2つある。下段の湯船は水面より1〜2mの高さ。雪解けで水量が多いためか轟々と流れる川と、対岸の切り立った土手が間近に迫るロケーション。この時期はまだ枯れ木の雑木ばかりで風情がないものの、峡谷の温泉場らしい露天風呂のつくりだ。(写真は館内ロビーから。露天風呂からも同じような景色を望む)

藤三旅館(岩手県花巻市)素朴な雰囲気の売店から先は、湯治客が宿泊する小部屋が左右に並び、その廊下を過ぎたところに「河鹿の湯」がある。かまぼこを半分に切ったような形をした湯船で、タイル張りの明るい雰囲気はほかの浴室と好対照。味気ないぶん湯につかる人が少ないのか、ほかの浴室よりもお湯がやや熱めに感じた。そして浴室自体は大きくはなく、ましてや換気が足りないせいか、焦げ臭いような不思議なにおいが気になった。温泉成分のうち硫化水素なのか硫黄なのか…。浴室は豊沢川に面してガラス張りで、桂の湯と同じような景色であるのだが、真正面に民家、すぐわきに橋が架かり、地元のおじさんが大根を手にして通りかかったりする。おおっぴろげでのどかな雰囲気だ。

藤三旅館(岩手県花巻市)藤三旅館(岩手県花巻市)鉛温泉の発祥はいまから600年ほど前にさかのぼる。岩窟から出てきた白猿が、桂の木の根元から湧出する泉で傷を癒していたことに由来するという。1443年頃には当主一族の風呂として仮小屋を建て、さらには1786年に長屋を建てて温泉旅館とした。現在の旅館の建物は昭和16年築のケヤキ造りだという。旅館の歴史の長さを感じさせるが、同時に田舎の湯治場の風情をも味わうことができる。

藤三旅館
源泉/鉛温泉(単純温泉)
住所/岩手県花巻市鉛字中平75-1 [地図
電話/0198-25-2311
交通/JR東北本線花巻駅よりバス約30分
   花巻市街より県道12号線
料金/大人700円、子供500円
時間/7:00〜21:00

白猿の湯女性専用時間帯
8:00〜9:00、14:00〜15:00、19:00〜20:30