ネットで神奈川県内の温泉について調べていたら、葉山町に秘境の温泉があることを知った。葉山といえば三浦半島北西部にある町。御用邸や「日本の渚百選」に選ばれた美しい海岸線が有名であるが、内陸部はなだらかな山が多く、のんびりとした雰囲気。稲龍神山スポーツランドはのんびりを通り越して“ここも神奈川県なのか!”と思わせるくらい田舎的で、ものすごいことになっているようだ。なにしろ道が悪く容易には行かれないし、とあるサイトでは「廃業した」と誤報まで流れていた。ますます興味深い。

稲龍神山スポーツランド全景県道横須賀葉山線の「水源地入口」という交差点まではカーナビ通りに走ればよいが、問題はそこから先。住所検索した結果、いちおうそこから先のルートもカーナビは示してはいるが、その指示を信じてよいものか不安になる。個人の方が公開しているネットの情報を頼りに車を走らせるが、曲がり角のたびに道はどんどん狭くなっていく。最終的にボコボコで未舗装の坂道を上がっていく。すると、たいして広くはないが平らに開けた土地が見え、そこにはバラック小屋がいくつか点在している。未完成なのか、これで良しなのか全てが手作りっぽく、手前には廃材が山となって積み重なっている。敷地はゆるい傾斜地でかなり奥行はあるようだ。そして、その周りを背の高い杉の木が森となって囲んでいる。この見渡す限りが「稲龍神山スポーツランド」であるようだ。

浴室適当な場所に車を停めると、40〜50代と思しき人の良さそうなおじさんが正面からやって来た。飾らない風貌からしてここの主人であるようだ。「お風呂があるって聞いたのですが…」と言うと、さっそくバラック小屋のひとつである浴室を案内してくれた。「うちは見てのとおり家庭用のバスタブで、2人くらいしか入れないんだけど、それでも良かったら…」とずいぶん低姿勢。そんなことはネットで事前調査済みだし、ひなびた感じは想像以上。

「鉱泉を薪で沸かしているので、熱かったら水(鉱泉)で埋めてください」とのこと。とりあえず脱衣所の戸を閉めてみるが、堅いし、しかも斜め。鍵は確認しなかったが、あったとしても意味を成さないことは明らかだ。畳半畳分もないであろう狭い空間には、曇った鏡と年代物の扇風機、掛け時計。そして脱いだ服を入れる籠がある。

浴室背景画浴室背景画

脱衣所と浴室とを仕切るのは普通の布地のカーテン。木造トタン張り・トタン波板葺きの屋根。あちこちがボコボコである。壁には子供が描いたのかと思うくらいの不思議な絵が左右に掲げられている。1つは時計台、もう1つは浜辺と富士山。そしてステンレスの湯船。かすかに緑がかっているような気もするが、透明でやわらかいお湯が溜めてある。よく見ると垢が浮いているような気がしないこともないが、網ですくえばいいし、ざぶんと浸かって水を足せば掛け流し。かなりの熱湯になっていたので急いで水を足すが、「水を大切にしよう」なんて書いてある。仕方がないので、かき混ぜ棒(←なんて言うんだ?あの商品名は)で一生懸命かき混ぜる。ちょうど良い温度になったところで入浴するが、まただんだんと熱湯に。外では相変わらずパチパチと薪が燃える音がするし、焦げた臭いも漂ってくる。結局は水を足しながらの入浴であるが、さすがに長湯はできなかった。お湯はぬるっとした肌触り。

浴室入口、炊事場併設左の建物が浴室

次の客が車の中で待っていた様子。当然だが1組ずつの入浴になるので、貸切風呂のような利用体系だが、時間制限などはない。タバコを一服しているとご主人がいろいろと話を聞かせてくれた。話し好きの気さくなおじさんだ。稲龍神山スポーツランドという名前は、40年近く前におじさんのご両親がフィールドアスレチック施設を作ったことに由来する。平成元年の終わりに井戸を掘ったら鉱泉が出てきたので、運動をしたあとに汗を流すことができるようにと浴室を作ったが、そのうちにアスレチック施設はなくなり、いまは温泉だけの営業になった。斜面の中腹に見える祠にはお稲荷さんを祀り、ほかにも大黒様やら龍神様やらを祀っている。ここに来る途中に見たお地蔵さんなどもそうであり、毎日お参りを欠かさないそうだ。

休憩室あらためて周りを見渡してみる。
「もうけさす人に油断は禁もつだ あとに思はぬ穴があるぞえ」
「身は主人医師や薬は使ひ人 己が病は己が心で」
などなど、外壁にありがたいお言葉が列挙された建物は大広間の休憩室。

休憩室もうひとつある休憩室は3組のお客さん夫婦と大工が作ってくれたという。「いちばんちゃんとした建物でしょう」と主人は言うが、屋根の寸法を間違えたらしく雪の重みでたわんでしまい、そこから雨漏りがするとも言う。しかし、ちゃんと直そうという気はあまりないようだ。雪といえば、今年2月の大雪の際は20cmくらい積もり、道路(もちろん私道)は日陰になってしまうので雪も解けず、雪かきで大変だったので1週間くらいは休業したそうだ。この道路はもっと土を入れて均さなければならないが、これでもかなり土を入れ、雨水のためのU字溝も整備したとのこと。話を聞けば聞くほど「協力できることはないかなぁ」という気分にさせられる。経営が成り立っているのかも疑問だが、平成のご時世にこうした手づくり施設が存在することは大変貴重である。まさに秘湯。そしてB級スポットとしての風格すら感じさせる。皆さんもぜひ訪れてみてほしい。


稲龍神山スポーツランド
源泉/星山温泉(泉質は不明)
住所/三浦郡葉山町下山口230 [地図
電話/0468-78-8377
交通/JR横須賀線逗子駅よりバス15分(京急逗子線新逗子駅経由)
     JR横須賀線衣笠駅よりバス16分、いずれも「水源地入口」停徒歩14分
料金/500円
時間/9:00〜17:00、毎週水曜日定休

※車でのアクセスについては、インターネットでほかの方の情報を探してみてください。
  水源地入口交差点から先の道は、カーナビの指示は期待できません。
  3ナンバー、車庫の低い車などは結構キツイ道です。

追記-2012/5/12
星山温泉稲龍神山スポーツランドについては、
まぼろしチャンネル 5ch の
「いかす温泉天国 - No.07 星山温泉。ここは湘南葉山のユートピア」
でも紹介しています。あわせてご覧ください!