黒川温泉神明館黒川温泉に着いたときにはすっかり日が暮れてしまった。近年あまりにも有名になりすぎた感があるが、この温泉街のどこに魅力があるのだろうか。周囲を山に囲まれた小さな温泉街は、夜が更けると通りには人影もなくしーんと静まり返っていた。温泉旅館の前はかろうじて灯りがともっているものの、細い路地が多く、寂しい気持ちにさせられる。黒川温泉に夜の娯楽はない。あくまでも旅館で過ごす街であるようだ。

団体客頼みの温泉地は数多くあるが、もともと黒川温泉も例外ではなかった。客は温泉よりも宴会が目的で、不景気になると客足はピタリと途絶えた。それなのに神明館だけは客の数が減ることはなかったという。そして神明館の主人がリーダーとなり、温泉街の立て直し図った。手入れされた庭木を雑木に植え替え、自然の森をつくった。また、すべての宿に露天風呂をつくった。温泉旅館の根本である温泉と露天風呂を重視し、やすらぎの空間演出を行った。…という話は後日知ったこと。黒川温泉では多くの旅館で日帰り入浴をやっており、たまたま訪れたのが神明館であった。

神明館も日本秘湯を守る会の会員宿。玄関先にはそれを示す提灯がぶら下がっていた。日帰り入浴の場合、玄関先で料金を支払い、外の通路から浴室へ行く。調理場の脇を通り、囲炉裏のある休憩所を通り、そこから先は石畳の遊歩道となっている。まずは神明館の名物ともいえる「洞窟風呂」へ。

黒川温泉神明館(穴風呂)主人がノミと金づちで裏庭の石山を掘り始めて3年。いまの形に落ち着くまで10年の歳月を要したという。女性専用洞窟風呂と混浴洞窟風呂(穴湯)があり、長さは全部で30m。どちらも内部の構造は同じで「9」の字のように、途中で枝分かれするが、ぐるりと1周できるようになっている。手掘りのため岩肌は粗いが、高さも幅も十分にあり、ところどころにはゆったりと腰掛けられるスペースもある。洞窟の出入口は低く小さくつくってあるので、内部には湯気がこもっており、スチームサウナのような雰囲気。わずかな照明が内部をぼんやりとしたオレンジ色に照らしている。混浴洞窟風呂の唯一難点を挙げるなら、脱衣スペースが通路と兼用であること。狭いうえに籠の数も少ない。そして外の通路から着替えが見えてしまうことも。とはいえ期待していた洞窟風呂だったが、本格的なつくりに納得。(写真は脱衣スペースから洞窟側を。湯気がすごくてその奥は撮れず)

黒川温泉神明館(岩戸の湯)そして露天風呂「岩戸の湯」。脱衣所こそ男女別だが、こちらも混浴。広い岩風呂で少し浅めの湯船。奥のほうには手彫りと思われる仏像が鎮座している。温泉街を流れる田の原川に面しているが、植え込みが視界を遮っている。神明館の主人によると、
「やすらぎや癒しの時代にあっては露天風呂から眺められる眺望は不要だと断言する。そうではなくて、周りをさえぎりお湯に集中できる造りにすべきだというのだ。」(松田忠徳『温泉教授の温泉ゼミナール』より)
温泉教授の松田氏もこの言葉に「天才的な発想と言うべきだろう」と述べているが、考え方は人それぞれだと思う。とはいえ、木々の隙間から対岸の建物や通行人がちらちらと見えるので、植え込みがないのもおかしいし、これ以上にあるのも不自然なのかも。鉄筋コンクリートの太い柱が何本も立っているのは構造上仕方がないのだろうが、ここまでこだわった中での人工構造物はちょっと残念。無色透明のお湯が掛け流しなのはよいが、ちょっと温いのも残念。

日帰り入浴客は「洞窟風呂」「岩戸の湯」のみだが、宿泊客にはほかに大浴場、家族風呂、女性専用露天風呂がある。ほかの旅館も露天風呂にこだわっているところが多い。このところの黒川温泉の人気によりどの旅館も予約が取りにくいとの噂もあるが、できれば宿泊して湯めぐりを楽しみたい。

山の宿神明館
源泉/黒川温泉(ナトリウム−塩化物・硫酸塩泉)
住所/熊本県阿蘇郡南小国町黒川温泉 [地図
電話/0967-44-0916
交通/国道442号線より黒川温泉街へ
料金/500円
時間/8:30〜21:00


黒川温泉では1,200円で3ヶ所の温泉に入浴できる「入浴手形」を販売している。
入浴時間8:30〜21:00。有効期限は6ヶ月間。(⇒詳細
黒川温泉オフィシャルページ(黒川温泉観光旅館協同組合)



黒川温泉穴湯黒川温泉地蔵湯

黒川温泉の共同浴場
穴湯と地蔵湯の2軒があり、どちらも8:00〜19:00。100円。
(19時以降は黒川住民に限る)


参考:松田忠徳『温泉教授の温泉ゼミナール』光文社文庫、2001年