松の湯(前橋市朝日町)普段は神奈川県の銭湯をメインに、たまに東京都まで足を伸ばしているが、今年の夏は大阪市の「源ヶ橋温泉」、先月は金沢市の「こんや湯」を訪れるなど、最近は地方の銭湯にも興味がわいてきた。そこで今度は群馬県である。先日、川原湯と草津の共同浴場を訪ねた折に、シメには前橋市の銭湯に立ち寄ってきた。

群馬県といえば今年2月に出版された『群馬伝統銭湯大全』は格好のバイブル。県内32軒の銭湯を取材したもので、写真と文章で丁寧に紹介されている。鄙びた雰囲気を醸し出している銭湯が多く、もっと言ってしまえば「ボロ銭」が多い。前橋市には8軒ある銭湯も、その半分はボロさを競っているようでもある。強烈な個性を放っていて、実に素晴らしい。どの銭湯を訪れるか真剣に悩んでしまったが、今回は「松の湯」を訪れることにした。国道50号沿いというわかりやすさが決め手だ。

松の湯(前橋市朝日町)松の湯(前橋市朝日町)

LED看板や玄関の自動ドアに面食らうが、「ラジウム(ラドン)温泉」の看板、松の下でお湯につかる女性を描いた看板は、いずれもいい具合に色あせている。「サウナ漢方薬湯」「延命湯」などの文字もあるが、説明は不親切なくらいがちょうどいい。下足箱は昔ながらの木札で、今度は半自動ドア(手で開け、勝手に閉まる)で、脱衣所へ。番台は客に背を向けており、カウンターの天板の開けて出入りする方式。『群馬伝統銭湯大全』には「脱衣所はカーペット」とあったが、最近直したのかクッションフロアの床材だった。ついでに言うと、剥離がひどかった浴室の床タイルも全面的に修復したようだ。

脱衣所にはアイスとジュースのショーケース、2階に上がる階段の下にソファとテーブルを置き、鍵の壊れたロッカーとその上に常連用の洗面用具置き。新しくてちゃんとしたロッカーもあるし、脱衣籠もある。最新のものといえばルームランナー的な健康器具だが、あまり使われていない様子。室内には木彫りの民芸品などが飾られているが、そのなかには男根をかたどったものも。要するにごちゃごちゃとしている。

浴室に入って適当なところに腰掛けると、カランの押し口が壊れていて水を出すことができなかった。ふと隣を見ると、そちらではカラン本体がぶっ壊れているようで、水がじゃあじゃあ出っ放し。桶で水を受けている。それはほかにも2~3ヶ所あって、いったいどうしたことか。シャワーを出せば繫ぎ目のとんでもない所からお湯が噴き出す始末。しかし常連さんたちは全く動じていない。「今日はシャワーのお湯が熱いな」など、視点論点がずれているのだ。ちなみに壁側のカランには固定式シャワーが付いているのだが、真ん中の列は鏡のみ。その鏡も1枚ずつ設置したもので、こんな形式は初めて見た。

浴室の奥に小さいながらも湯船が3つ並んでいて、いずれも深くてお湯はたっぷり。すぐにあふれてしまう。まずは薬湯の電気風呂に入ってみるが、肝心の電気が通じていない。そもそも電極板がないが、一般的なものとは方式が違うのか。説明書きを読むと「身体の弱い人はスイッチを切って薬湯として入浴してください」といったことが書いてある。ならば、そのわきのスイッチを押してみるがやはり電気は流れない。諦めて次にワイン風呂へ。頭上には「草津温泉」というプレートがぶら下がっているが、以前頻発した硫化水素事件によって製造元が回収しており、提供できないようだ。ハップのことではないかと思うが、前橋市民にとっても「遠くの温泉より近くの銭湯」ということか。ワイン風呂はとくに珍しいものではないので、最後にラドン超音波温泉の湯船。しかしこれが超熱湯で、攪拌棒でばしゃばしゃやらないと入れない。なんとかお湯につかってみるが、何がラドンで超音波なのかはわからずじまい。ほかにも小さな水風呂とサウナもあるのだが、サウナは稼動しているのかすら不明。

湯船のふちに岩を配したスタイルが群馬県の銭湯の主流なのか、松の湯の場合は一面が岩山のようでもある。湯船の上から「草津温泉」といったプレートをぶら下げていたようだが、草津温泉は片方のチェーンが切れ、岩の上に斜めになって置いてある。「漢方薬」「ラドン超音波温泉」にいたってはプレートそのものを岩に立てかけているが、水平にして置こうという考えはないらしい。壁には水槽もはめ込まれているが、もちろん魚は泳いでいない。風呂桶は入口の、やはり岩の上に斜めになって積み重なっている。不思議なのは外に面した側のカランの裏側に、細長い空間があることだ。覗いてみてもよくわからなかったが、むかしはここも湯船として使っていたのだろうか。しかしどこから出入りしていたのか。洗い場の隅を2~3段の階段にして、そこには縦に手摺を設けているが、まさかまたぐようにして出入りしていたのだろうか。そもそも増築したのであろうか。

浴室内のペンキはくすみ、ところどころ剥離しており、はっきり言って古びている。あちこち壊れた箇所についても「そのうち直せばいいや」という考えなのだろうか。そんな銭湯だから客は少ないのかと思いきや、入れ替わりで常に5~6人が訪れていた。互いに顔なじみのようで、ここがまさに社交場といった感じ。室内に流れる演歌は人情銭湯にふさわしいBGMだった。

松の湯
住所/群馬県前橋市朝日町2-16-2 [地図
電話/027-224-0638
交通/JR両毛線前橋駅より徒歩14分
料金/大人360円、中人150円、小人70円
     サウナ別途100円
時間/15:00~22:00、毎週日曜日定休

めっかった群馬 -とっておき探訪のコーナーに松の湯の紹介あり

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著者:抜井諒一
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