殺生石殺生石殺生石

殺生石那須湯本温泉街の北側、鹿の湯や温泉神社の近くには「殺生石」という観光スポットがある。火山性ガスが噴出して草木も生えないこの場所は、荒涼とした地獄の様相を呈しており、元禄2年(1689)には松尾芭蕉もこの地を訪れている。奥の細道には「殺生石は温泉の出づゆ山陰にあり、石の毒気いまだ滅びず、蜂、蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほど重なり死す」と記されている。当時からこの景色は変わっていないようだ。また、芭蕉は「石の香や 夏草赤く 露あつし」という句も詠んでいる。



殺生石には伝説がある。現地の看板には以下の内容が記されていた。
「むかし中国やインドで美しい女性に化けて世を乱し、悪行を重ねていた白面金毛9尾の狐が、いまから800年前程の鳥羽天皇の御世に日本に渡来しました。この妖狐は「玉藻の前」と名乗って朝廷に仕え、日本の国を亡ぼそうとしましたが、時の陰陽師阿部泰成に見破られて那須野ヶ原へと逃れてきました。その後も妖狐は領民や旅人に危害を加えようとしたので、朝廷では三浦介、上総介。両名に命じ、遂にこれを退治してしまいました。ところが妖狐は毒石となり毒気を放って人畜に危害を与えましたので、これを「殺生石」と呼んで近づくことを禁じていましたが、会津示現寺の開祖源翁和尚が石にこもる妖狐のうらみを封じましたので、ようやく毒気も少なくなったと言われています」

千体地蔵の異様な光景に目を奪われつつも、見上げれば山腹には温泉神社。無料駐車場を完備しているので、ドライブや湯めぐりのついでに散策してみることをおすすめしたい。