夏油温泉(岩手県北上市)夏油(げとう)温泉は岩手県北上市の西部、奥羽山脈の山あいにある温泉場である。崖っぷちの険しい山道を延々と走っていくが、急に谷間の視界が開けたと思ったら、そこが夏油温泉。周囲に夏油三山と呼ばれる経塚山、駒ケ岳、牛形山がすぐ側で取り囲むようにしてそびえ、わずかに広がる川べりの平坦地に「元湯夏油」ほか数軒が点在している。とはいっても現在営業しているのは元湯夏油、夏油温泉観光ホテル夏油温泉昭和館の3軒。民営国民宿舎夏油山荘は閉鎖となった後に元湯夏油が引き継ぎ、市営の日帰り施設・夏油温泉館は今年度から休館中。よほどの秘湯マニアでないと、ここまで訪れるのは億劫なはずだ。しかも夏油温泉は毎年5月上旬から11月中旬までの半年間のみ営業。雪で道路が閉ざされてしまうのだ。

元湯夏油(岩手県北上市)そんなことはまったく知らずに訪れたのだが、ラッキーなことに今年は4/29に営業開始だった。刻々と夕暮れの迫る時間帯で、あたりに人影はまったくなかったが、わずかに明かりの灯っていた元湯夏油の事務所を訪ねた。日帰り入浴もOKとのことだが、利用できるのは5ヶ所ある露天風呂のみとのこと。いずれも基本は混浴(滝の湯のみ女性用)だが、女性専用の時間帯も設けられている。それぞれ源泉が異なり、湯温も異なるが、いまの時期ちょうどいい温度なのは大湯だという。大湯は夏だと熱くて入れないこともあるそうだ。まさに天然の温泉といった感じで、いやおうなく期待も膨らむ。

元湯夏油(岩手県北上市)元湯夏油(岩手県北上市)

元湯夏油は旅館と自炊棟の複数の建物から成り、露天風呂には左右に並んだ建物の間の通路を行く。申し訳程度に食堂や売店もあり、ここだけひとつの集落のような雰囲気だ。営業開始初日とあって客が少ないのか、ゴーストタウンのように静まり返り、帰りなどは足元がおぼつかないほど真っ暗。つげ義春の漫画に出てきそうな光景だが、調べてみるとやはり昭和44年に訪問済み。ところで、いくつかある建物の中で「昭和館」だけは経営が別だというから訳がわからない。違和感なく軒を連ねているのだが。

元湯夏油(岩手県北上市)夏油温泉はいまから800年以上前に、平家の落人の末裔が発見したという。「げとう」の名前は、アイヌの言葉で“崖のあるところ”を指す「ゲット・オ」から付いたとされる。冬は雪に閉ざされてしまい夏場しか利用できないため「夏湯(げとう)」と言われ、お湯が夏の日差しでゆらゆらと油のように見えたので、「夏油」になったと伝えられている。露天風呂は夏油川の川べりにあり、「真湯」と「女(目)の湯」は別館脇から、「滝の湯」「疝気の湯」「大湯」は昭和館脇からそれぞれ石段を降りていく。

元湯夏油(岩手県北上市)元湯夏油(岩手県北上市)元湯夏油(岩手県北上市)

まず初めに「真湯」に入浴。入口こそ男女別に分かれてはいるが、棚だけの簡単な脱衣スペースの先に湯船が1つ。源泉は湯船の底から湧いており、新鮮なお湯がかけ流しとなってあふれている。40℃以下でぬるく、湯船も浅いので余計に寒く感じた。川はすぐそばに流れ、ざあざあという音が聞こえるのみ。対岸には「女(目)の湯」があるのだが、向こうにはすだれが掛かっているためご対面なんてことはない。そもそも客なんぞいなかったが。土手側の斜面は玉石積みの擁壁となっている。

元湯夏油(岩手県北上市)元湯夏油(岩手県北上市)元湯夏油(岩手県北上市)

続いて入浴したのは「大湯」だったが、湯船のつくりや景色はほとんど変わらない。唯一異なるのはお湯がかなり熱めだということ。それでも43〜44℃といったところか。我慢できないほどの熱さではないし、冷えた身体にはこのくらいがちょうどいい。真ん中の写真は女性専用(男性専用の時間帯もあり)の「滝の湯」だが、こちらは露天風呂というより、内風呂のつくり。こちらもかなりの熱さだったらしいが、100mも離れていないのに泉温がこんなに異なるのだから不思議だ。辺りはもう真っ暗になってしまったが、湯船には電球のぼんやりとした明かりが灯るだけ。水面に反射してゆらゆらと揺れて幻想的。夏の日差しでお湯が油のように見えたという話も、なんだかわかる気がする。

いまだ残雪があり川は水量を増していた。北上市街地より車で1時間とはいえ相当山深い。夏場しか営業していないという希少性もさることながら、到着するまでの険しい山道が秘湯ムードを盛り上げる。そしてたどり着いた先に広がるノスタルジックな風景。人影が全くなかっただけに、幻の世界に引き込まれたかのような不思議な体験だった。

元湯夏油
源泉/夏油温泉(ナトリウム・カルシウム−塩化物泉ほか)
住所/岩手県北上市和賀町岩崎新田1-22 [地図
電話/090-5834-5151
交通/JR東北本線北上駅よりバス約65分(1日2便)
     秋田自動車道北上西ICより約35分(県道37号線〜122号線)
     東北自動車道北上金ヶ崎ICより約40分(県道159号線〜122号線)
料金/大人500円、小人300円(3歳〜小学生)
     入浴+大広間休憩:大人1,000円、小人500円(10:00〜15:00)
時間/6:00〜20:00
     ※半年営業(5月初旬〜11月中旬)