福元館(厚木市七沢)昨年は資本家と労働者の階級闘争を描いた小説「蟹工船」がベストセラーとなり、著者でプロレタリア文学の旗手・小林多喜二の名も再び世に知れ渡ることとなった。七沢温泉福元館は小林多喜二にゆかりのある宿として、にわかに注目を集めている。七沢温泉は厚木市西部、東丹沢東麓に位置する。七沢病院からのバス通り(というほど立派なものではなく、のどかな田舎道だが)は、ループ状となって終点を通過する。この中州にあるのが福元館で、福元館を囲むようにしてほかに4軒の旅館がある。うっそうとした山が背後に迫り、旅館と民家以外は何もない静かな温泉地だ。

小林多喜二が「蟹工船」を発表したのは昭和4年。翌年には不敬罪や治安維持法の罪で豊玉刑務所に収容されるが、半年足らずで保釈。その後1ヶ月間密かに滞在したのが福元館で、離れの部屋にて小説「オルグ」を執筆した。福元館はホームページによれば、安政3年(1856)に農業の傍ら浴槽を設けて来客に供したのが始まりで、宿としての創業は明治44年だという。

玄関では厚木の地酒「盛升」の酒樽や鹿の剥製が出迎えてくれる。よく手入れされた和風庭園を囲むようにして建物が建つ。大広間やダンスホールを備えているというから、団体客の宿泊や会合利用も多いのだろう。案内されて大浴場へと行くが、廊下の途中には露天風呂(家族風呂)という看板がぶら下がっている。聞くと、こちらは昼の日帰り利用の時間帯は女湯として利用しており、夜は宿泊者が家族風呂として利用できるという。というわけで、日帰り利用で訪れた男性は内風呂のみの利用となる。ちょっと残念…。

福元館(厚木市七沢)浴室は奥にすぼんだ台形をしており、右手に10個のカランが並び(そのうちシャワーは4つにしか付いていない)、左手に大きな湯船がある。裏側の通りに面しており、大きくとった窓越しには道路をはさんで対面に雑木林が広がっている。とくに風情があるわけではないが、これも丹沢のありのままの景色である。七沢温泉というと高アルカリ泉で、ぬるぬるとした肌ざわりが特徴だが、福元館の場合はぬるぬるよりツルツルに近い感じ。お湯は循環ろ過しており、微妙に濁っている。脱衣所に掲げられた分析書によると、掘削深度13mで泉温21.7℃、pH10.0とのこと。広くて明るい湯船は気持ちがいいけど、意外と間が持たない。これで1,000円はちょっと高い気がする。

退館時にはフロントにいたおねえさんが蜜柑を1つくれた。地元で採れたのだという。温泉について印象に残ることはとくになかったが、こうしたさりげない優しさが嬉しい。

福元館
源泉/七沢温泉(単純温泉)
住所/厚木市七沢2758 [地図
電話/046-248-0335
交通/小田急線本厚木駅(厚木バスセンター)よりバス29分「高旗観音」停徒歩1分
     または小田急線伊勢原駅北口よりバス24分「七沢病院入口」停徒歩10分
料金/大人1,000円、小人500円
時間/11:00〜15:00

白樺文学館多喜二ライブラリー