片倉館(長野県諏訪市)諏訪湖畔の広大な敷地に、昭和初期の洋風建築がある。左右非対称の建物で、外観には当時としてはモダンなスタイルを取り入れつつ、窓上部のアーチや屋根妻面のペディメントなどに植物などの意匠装飾をさりげなく施している。まるで役所か銀行かといった風格であるが、これが建築当初から浴室棟として使用されているというのだから、温泉好きはもちろん近代建築好きも要チェックである。

浴室棟より棟続きで、低層の建物を中間にはさみ、その左手には大きな屋根と車寄せが印象的な会館棟がある。こちらは財団法人片倉館の事務局。総面積751坪からなるこの片倉館を建築したのは、片倉財閥の2代目・片倉兼太郎。明治6年(1873)に製糸業を興し、のちに「シルクエンペラー」として名を馳せた人物だ。大正11年〜12年にかけてヨーロッパ、北米、中南米への視察旅行では欧米諸国の地域住民に対する文化施設の充実ぶりに感銘を受け、帰国後に片倉館の建設に着手。昭和3年に竣工し、翌年には運営するための財団を設立した。

片倉館(長野県諏訪市)建物を設計したのは森山松之助。明治30年に東京帝大造家学科を卒業し、台湾総督府(中華民国総統府)旧久邇宮邸(聖心女子大学パレス)本所公会堂(両国公会堂)など多くの作品を手掛けている。形式にとらわれない自由なスタイルを得意としていたようだ。片倉館の周囲、というより諏訪湖畔にはホテルなどが建ち並んでいるが、建築当初はかなり目立ったはずだ。

脱衣所はかなり広く、ずらっと並んだコインロッカーは中途半端な50円玉を使用するのでちょっと戸惑うが、ここまでは温泉施設という雰囲気がほとんどしない。歴史ある建築物のなかで裸になっていることに不自然さを覚えるほどだ。しかし浴室への扉を開けた瞬間、大きな湯船にまず驚くはずだ。「千人風呂」という名前は大げさだとしても、パンフレットにもある通り100人は入浴できる大きさだ。しかも深さは1.1mと深く、湯船の底には黒い玉砂利が敷き詰められている。これだけの湯量だというのに、さらにお湯が掛け流しで注がれている。

湯船のふちには2段の段差があり、下の段に腰かければ肩まで、上の段に腰かければ半身浴でつかることができる。歩行浴のように湯船の中をうろうろしている人もいれば、湯船の周囲では桶を枕にして寝ている人も。やわらかいお湯で気持ちがいい。浴室の一画にあるラドン室にはジャグジーの湯船がある。3〜4帖ほどだろうか。銭湯では普通の大きさだが、千人風呂のあとでは狭い!と感じるはず。

浴室は大きな窓がいくつもあり明るい空間。床や壁のタイルは改修されているが、モザイク調の飾り壁、数体ある古代ギリシャ風の女性像、幾何学的なデザインのステンドグラスなど、随所に西洋風の趣味を見てとれる。

片倉館(長野県諏訪市)2階の休憩室兼食堂は柱の頂部にふくらみをもたせ、彫刻を施す西洋式の発想。これに対して1階にある250帖敷きの大広間(有料)は、格天井の本格的和風の造り。これが温泉施設か!と驚くこと間違いなし。諏訪を訪れたらぜひ立ち寄ってみてほしい。


片倉館
源泉/上諏訪温泉(単純温泉)
住所/長野県諏訪市湖岸通り4-1-9 [地図
電話/0266-52-0604
交通/JR中央本線上諏訪駅より徒歩5分
料金/大人500円、小人300円(3歳〜小学生)
時間/10:00〜21:00、第2・4火曜日定休

YOMIURI ONLINE(2007年1月13日)「湯遊探訪」−信州温泉巡り
  <32>上諏訪温泉・片倉館(諏訪市) 日本最古クアハウス

片倉館パンフレット

(追記-2012/10/1)
昨年、国の重要文化財に指定されました。